東日本大震災の地震発生時には四倉港の現場からいち早く避難、
すぐに避難所への物資輸送、ガレキ撤去と間髪を入れずに地元の復旧にあたった。
液状化現象で被害を受けた上仁井田ポンプ場の復旧では、地元住民の強い期待の中、
難工事を成し遂げたことが印象に残る。
その後も2019年の台風19号で決壊した夏井川の災害復旧工事に従事、
まさに水との戦いを続けている。
堀江工業(株) 川﨑敬三
ナビゲーター:宮田敬子
※放送終了分のラジオ番組音声は以下からお聴きいただけます。
東日本大震災で被害を受けた薄磯・豊間地区。震災直後からガレキの撤去作業に尽力し道路の復旧につとめた。
震災の夜の光景や、夜を徹して避難所へ物資を輸送した記憶を語る川﨑さん。
液状化現象で破損した四倉地区の上仁井田ポンプ場の復旧作業は、ポンプを稼働させながらの難工事となった。
上仁井田ポンプ場は仁井田川と横川が合流し河口となる地点の上流に位置する。
四倉地区、仁井田川とポンプ場。
地域にとってポンプ場がいかに重要な施設であるか上仁井田区南区長の藤堂さんに説明いただく。
番組収録風景
いわき市は2019年の台風19号で夏井川の堤防が決壊、浸水する被害をうけた。
現在の夏井川の河川復旧作業現場。
復旧作業現場で川﨑さんから説明を受ける宮田さん。川崎さんは40年の仕事をふり返り震災復興を含め水との戦いだったと語った。
自然は常に人間の想像を超えてくる。そうした事態に対処するためには、ありえないと思える策も講じなければならない…
今回川崎さんのお話を聞いていると、自然災害と戦うためには、常に今までのやり方をアップデートしていかなければいけないのだと感じました。
東日本大震災による液状化で破損してしまった上仁井田ポンプ場。ポンプ場がある四倉地区は昔から少しの雨でも浸水してしまい、安心して住むためにはポンプ場は欠かせない存在でした。だからこそ、たとえ修理している間でもポンプ場を止めることができない。
そんな中で川崎さんたちが行ったのが、水を流すために建物の壁に穴を開けてしまうというものでした。破損部分を治す間の、別の水路を確保したのです。しかし急遽開けた穴です。大雨でゴミが流れてきても、それを取り除く機械などあるはずもなく、川崎さんたち職員が夜通し取り除く作業に当たっていたそうです。その作業の甲斐あってポンプ場は早期復旧することができ、地域の方も再び安心して住むことができるようになりました。
土木工事の現場は、建物を造るということだけでなく、安心を提供しているのだと改めて思います。現在川崎さんが現場監督をつとめる夏井川は白鳥の飛来地で、川を望む景色も美しく、住民にとっても自慢の場所だったそうです。しかし、台風による大雨で浸水してしまうと、ここに住み続けることに不安を覚えます。また街に新たな人もやってきません。
ではどうすればいいのか…。河川の堤防はこれまで土堤が原則とされてきましたが、2019年の台風19号では全国で140か所以上の堤防が決壊したそうです。その結果、各地で新たな堤防が求められ、川崎さんは夏井川の堤防のコンクリート化の工事を現在も行っています。
自然を前にすると、鉄壁の守りはありえないのかもしれません。それでも、街の安心を守るために何ができるのか。常に考える続ける姿を見せていただきました。
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