仙台市高砂市民センター元館長 浅見健一さん
リポート:伊藤晋平アナウンサー
仙台市の高砂市民センターで、震災当時館長をしていた浅見健一さん。宮城野消防隊長や警棒課長を歴任した防災のプロです。震災発生時には避難してきた1200人の住民を守るため、当時市の指定避難所でなかった高砂市民センターで指揮をとりました。市の指定避難所ではなかったため行政からの支援を断られたことに奮闘し「私の命に変えてでも皆さんをお守りします」と宣言し近隣の企業や知人など支援を求めたそうです。
この決断は悔しさもあって啖呵をきってしまったと振り返ります。震災発生当時から2週間家に帰ることなく、市民センターで働き続けました。自分の信念に基づいて「正しいと思ったことはする」、覚悟をもった人だからこそ避難してきた方から信頼されたのではないかな、と話してくれました。
浅見さんは震災後1年高砂市民センターの館長として働いた後現在、震災復興支援グループ「きぼう」の代表として各地での講演活動や津波用の救命胴衣を幼稚園や消防施設に寄贈する活動を続けています。「1人の一歩より百人の一歩」を大切にと現在も奮闘中です。
東北大学ボランティア支援団体~仮設追波川多目的団地の清掃活動~
リポート:林田悟志アナウンサー
東日本大震災による被害を受けた地域の復興のためにボランティア活動を行う団体「SCRUM」。今回は仮設追波川多目的団地の清掃活動を行いました。参加者は外国人留学生1人を含む14人。仮設住宅に住むおばあちゃんからは「かわいい孫たち」と言われる若者たちです。学生の中には今回ボランティアに初めて参加するという学生も何人かいました。せっかく宮城の大学にはいったのだから、また、実際に参加してみて自分達にできる事は何かを考えるきっかけに、と参加している学生もいました。
震災5年を迎える宮城では、若者たちのボランティアが今後ますます重要になると考えられています。若者たちが被災地に足を運ぶことによって未来が開け、被災者に多くの希望を届けることが出来るといいですね。